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	<title>Yutaka Kikutake Gallery &#187; Exhibitions</title>
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	<description>Yutaka Kikutake Gallery は、2015年7月に東京都港区六本木にて開廊。現代美術の表現形態が多様化し、美術が紡ぐ歴史の在り方も魅力を深めていくなか、さらに新しい表現を切り開くアーティストの活動をサポートすることを目的として運営されます。</description>
	<lastBuildDate>Sat, 30 May 2026 05:33:59 +0000</lastBuildDate>
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		<title>私 呼吸し　さめざめないてみる</title>
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		<pubDate>Fri, 15 May 2026 04:33:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ykg]]></dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[Opening reception 5月30日(土) 17:00〜19:00*作家が在廊いたします。 白簱花呼 x 佐原しおり トークイベント 5月30日(土) 15:00-16:30*詳細はこちらをご覧ください。 &#038;n [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p style="font-weight: 400;">Opening reception <br />5月30日(土) 17:00〜19:00<br />*作家が在廊いたします。<br /> <br />白簱花呼 x 佐原しおり トークイベント</p>
<p style="font-weight: 400;">5月30日(土) 15:00-16:30<br />*詳細は<strong><a href="https://chic-ykg.stores.jp/reserve/yutakakikutakegallery_/1744996?utm_source=BenchmarkEmail&amp;utm_campaign=白簱花呼_%22私_呼吸し%E3%80%80さめざめないてみる%22_JP&amp;utm_medium=email">こちら</a></strong>をご覧ください。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="font-weight: 400;"> 古典美術や現代視覚文化における女性の表象に自己の容貌を重ね合わせ、絵画空間上でのイメージの再構築を試みる白簱花呼（2002年大阪府生まれ）。AI技術によって加工され、他者の欲望の対象としてネット空間で消費され続けるアイドル像を目にしたことを契機に、女性の表象を「見られる」存在から「見せる」主体へと転換する白簱の探究がはじまりました。既存のイメージの内部に自身が潜り込み、あるいは自己に既存の女性像を重ねて描くという彼女の実践は、「彼女達」が浴び続ける欲望の眼差しを自身に一部引き受けるという態度から始まった方法論です。白簱はこのようなイメージの再構築を意図したアプローチを、古代の呪術的身振り「アナ・スロマイ」<a href="applewebdata://058CACB5-6F56-40F4-9ECB-BDFBFB547D1A#_ftn1" name="_ftnref1">[1]</a>的意味合いを持つ、女性像の拡張の試みと位置付けています。</p>
<p><a href="applewebdata://058CACB5-6F56-40F4-9ECB-BDFBFB547D1A#_ftnref1" name="_ftn1"></a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="font-weight: 400;">美術における女性の表象は、単なる「共同体の社会的現実や心性の反映」ではなく、「様々な意図や目的、そして戦略を持った作者群によって創造されたものである」と、若桑みどりは指摘します。<a href="applewebdata://B8043CFD-D790-4EE3-A039-436C3FDDEF83#_ftn1" name="_ftnref1">[1]</a>このようなイメージの恣意性をめぐる感性と、自身もまた女性であることによって感受する世界との応答は、白簱を現在の探究へと向かわせる姿勢を育み、セクシャリティや身体性の問題を考察するベクトルもまた必然的に立ち上がりました。</p>
<p style="font-weight: 400;">「私 呼吸し　さめざめないてみる」という本展のタイトルには、作家の制作と私生活の変化の両方を物語る意味合いがあります。京都府から滋賀県に活動の拠点を移し、リビングとアトリエが隣接する暮らしの中で、日常的に接する人の数が減り、ジェンダーを意識する機会も格段に減ったという現在の環境は、白簱に少なからぬ影響をもたらしたようです。それによって、「呼吸」ができるという開放感の一方で、「さめざめなく」という言葉には、本来私的であるはずの泣く行為に、見られていることを期待する身振りのような側面が感じられ、作家はさらにそこに「（〜して）みる」という補助動詞を付け加えることで、自身を演出する演技的な行為への眼差しを込めています。展示作品には「泣く」という行為に結びつく表情はむしろなく、タイトルと画中の人物の感情表現のズレも含めて鑑賞者の考察を促します。</p>
<p><span style="font-weight: 400;">鏡を用いた表情模倣によって、自身の顔と参照先のイメージを往来する制作過程に加え、移住した頃から「写真」を使い始めた白簱は、複数の表象を一人の身体に重ね合わせる方法も同時期に模索しはじめました。自分ではない誰かになりきること、自分の顔を変容させることに躊躇を持たないと言い切る作家は、表情操作を通じて鑑賞者に描いた像の読解を促す自身の態度を、他者の視線を前提に自分の姿を加工・変容することに抵抗のない「自撮り文化」に特有の操作性の感覚に重ねて解釈しています。</span></p>
<p><a href="applewebdata://B8043CFD-D790-4EE3-A039-436C3FDDEF83#_ftnref1" name="_ftn1"></a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>表象のシステムが、権力関係と結びつきながら世界の解釈を形づくってきたとするならば、既存の女性像に自身を潜ませ、それを補強・再構築しながら社会へ提示する白簱の試みには、そうした構造の枠組みそのものへと介入していくような態度もまた感じられます。<span lang="EN-US">Yutaka Kikutake Gallery</span>における白簱花呼の初の個展となる本展では、三人の女性像が並ぶ横長のキャンバス、複数の表象を一人の人物像に重ねた新たなアプローチや、より内臓的な描写に挑んだ「花」のシリーズを含む新作群によって、作家の現在地を展覧します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="font-weight: 400;">[1] 古代エジプトなどで、女性が衣をたくし上げ性器を露わにする行為の呼び名。魔除けや豊穣の祈りとも関連づけられる。</p>
<p style="font-weight: 400;">[1] 若桑みどり『表象としての女性像　ジェンダー史から見た家父長制における女性表象』筑摩書房、1997年、p8。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>白簱花呼</p>
<p><span lang="EN-US">2002</span>年大阪府生まれ。現在は滋賀を拠点に活動。古代の呪術的身振り「アナ・スロマイ」（女性が衣をたくし上げ性器を露わにする）を、一方的な眼差しの構造に対抗する行為として再解釈し、顔・身体・花といったモチーフを通じた絵画空間でのイメージの再構築を試みる。セクシャリティや身体性をめぐる問題を軸に、古典美術や現代視覚文化における女性像に自己の容貌を重ね合わせることで、受動的、かつ無害とされてきた存在を、「見られる」ものから「見せつける」主体へと転換する可能性を探る。</p>
<p>近年の主な展覧会に、「Re; Archive」(Mikke Gallery、2025年)、「もっとパッションを」(Yutaka Kikutake Gallery、2025年)、「Skeptically Curious：価値の変成をめぐる複数の試み」（みずほ銀行京都支店、2025年）、「The CAPS – Contemporary Art Practice展」（高島屋大阪店、2025年）、「鬼頭健吾推薦作家展『Floor』」（西武百貨店渋谷支店オルタナティブスペース、東京、2024年）、「Pleiades Edition1」（ギャラリーa、京都、2023年）など。2026年にARTISTS' FAIR KYOTO マイナビ ART AWARD 優秀賞、2025年度京都芸術大学 大学院修了展 大学院賞、2023年度京都芸術大学卒業展優秀賞、第44回国際滝冨士美術賞優秀賞を受賞。</p>]]></content:encoded>
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		<title>Unseen Body</title>
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		<pubDate>Sat, 02 May 2026 08:48:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ykg]]></dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[グラフィックデザイナー・田中義久（1980-）と彫刻家・飯田竜太（1981-）により2007 年に結成されたアーティストデュオ・Nerhol（ネルホル）。写真と彫刻を往還しながら探求を重ねる独自の実践は、連続写真の束に彫 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>グラフィックデザイナー・田中義久（1980-）と彫刻家・飯田竜太（1981-）により2007 年に結成されたアーティストデュオ・Nerhol（ネルホル）。写真と彫刻を往還しながら探求を重ねる独自の実践は、連続写真の束に彫刻を施す初期のポートレート作品から、帰化植物や珪化木をめぐる近年の実践に至るまで、国内外で高い評価を獲得してきました。千葉市美術館における大規模個展「水平線を捲る」（2024年）および、埼玉県立近代美術館での「種蒔きと烏 Misreading Righteousness」（2025年）を経て、結成以来の表現活動を振り返り、新たな境地への幕開けを宣言しました。本展では最新作を中心とした展示構成にて、Nerholの多層的探求とその現在地を明らかにします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>連続撮影した写真の束を彫り刻むというNerholの実践は、さまざまな領域に広がりを遂げつつ、深化を経てきました。人物にはじまり、帰化植物、エドワード・マイブリッジの連続写真に至るまで、取り扱うモチーフを広げてきたNerholは、近年、数万枚にもおよぶ動画の静止画を縦に積み重ね、その積層を横から見せるという新たな試みを展開しています。本展にて二人が取り組むのは「身体（ボディ）」という主題。プロの人体モデルを撮影した映像から数万枚に及ぶ静止画を出力し、それらを手作業で裁断した短冊が積み重ねられます。本シリーズは、鑑賞者を肉眼では決して捉えることの出来ない、ミクロな時間軸、不可視の閾、存在の隙間へと誘います。生のはらむ多層性への挑戦、物理的世界の断面にくさびを打ち込み、それらを別の位相から捉える試みともいえるでしょう。一方、隣には同じ被写体を撮影した静止画の出力を平面方向に積み重ね、従来通りに彫りが施された作品が並びます。初期の頃には数百枚におよぶ枚数が重ねられていたというこのシリーズは、本作において極めて枚数が減じられています。縦方向への数万枚の積層と、わずか数枚の、しかし同じ身体の重なる位相を切り取って彫られた作品との対比的構図は、時間と空間への思索を内包しながら、その探究の重層性を鮮やかに示しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>時間と空間、可視と不可視、マクロとミクロ　―　写真と彫刻を行き来してきたように、次元と概念を往還しながら発展と深化を続けるNerhol。その探求は、本展において身体というモチーフを通じ、より見る者との繋がりをひらき、豊かで多層的な現実の可能性への気づきをもたらします。見る者の姿を映し出す珪化木　―　数万年の歴史と現在を繋ぐ錫の鏡面によって　―　で行われた試みが、鑑賞者それぞれに内在化するゆえに、彼らをより作品へと結びつける「身体」の主題および実践へと発展を遂げたと解釈することも可能でしょう。2024年には、斬新な取り組みの成果が評価され、<a href="https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/30368">令和６年度芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞</a>しました。絶え間ない考察と実践を重ね、二人はさらなる新境地を目指します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>Nerhol</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>飯田竜太と田中義久の二人からなるアーティストデュオ。2007年よりNerhol（ネルホル）を結成し、現在は東京を拠点に活動。書物やそこに印された文字、世界に存在する図像の定型を異化するような探求にはじまり、2011年には数分間かけて撮影した200カット以上の全て異なるポートレートを束ね、それに彫刻を施した立体的な肖像作品で大きな注目を集める。日常生活において見落とされがちである有機物が孕む多層的な存在態を解き明かす試みがその実践においてなされている。</p>
<p>近年の主な個展に「種蒔きと烏 Misreading Righteousness」（埼玉県立近代美術館、埼玉、2025年）、「Household Vestiges」（Yutaka Kikutake Gallery、東京、2025年）、「水平線を捲る」（千葉市美術館、千葉、2024年）、「Tenjin Mume Nusa」（太宰府天満宮宝物殿、福岡、2024年）、「Beyond the Way」（レオノーラ・キャリントン美術館、サン・ルイス・ポトシ、メキシコ、2024年)、「Affect」（第一生命ギャラリー、M5 GALLERY、東京、2023年）「critical plane」（Yutaka Kikutake Gallery、東京、2021年）「Interview, Portrait, House and Room」（Youngeun Museum of Contemporary Art、韓国、2017年）、「Promenade」（金沢21世紀美術館、石川、2016年）など。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>主な所蔵先に、Foam Museum（アムステルダム）、Youngeun Museum of Contemporary Art（韓国）、Fundación AMMA（メキシコ）、太宰府天満宮（福岡）、千葉市美術館、埼玉県立近代美術館、東京都写真美術館。</p>
<p>2025年に令和6年度（第75回）芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>飯田は、1981年静岡県に生まれ。2004年日本大学芸術学部美術学科彫刻コースを卒業、2014年東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術専攻修了。現在は東京を拠点にしている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>田中は、1980年静岡県生まれ。2004年武蔵野美術大学造形学部空間演出デザイン学科を卒業後、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。東京を拠点に活動を続ける。</p>]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>Good bye!</title>
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		<pubDate>Fri, 13 Feb 2026 07:38:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ykg]]></dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[1996年大阪府に生まれ、現在は東京を拠点に活動する斉藤七海。陶土に害獣駆除用の金網を絡ませて焼成する手法をはじめ、「自然/人工物/自己の身体を行き来する」感覚を手がかりに、それらの距離感や関係性を扱う陶芸作品を発表して [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p style="font-weight: 400;">1996年大阪府に生まれ、現在は東京を拠点に活動する斉藤七海。陶土に害獣駆除用の金網を絡ませて焼成する手法をはじめ、「自然/人工物/自己の身体を行き来する」感覚を手がかりに、それらの距離感や関係性を扱う陶芸作品を発表してきました。彼女の作品制作は、国内のみならず海外にまで広がる広大なフィールドワークによって支えられています。大樹林を育む屋久島、英国のストーンサークル、あるいはバリ島の宗教儀式など、聖地をめぐる文化人類学的な関心から着想を得た制作は、近年、釉薬の表現や作品の形状に有機的な特徴を帯びるなど、表現の幅を広げています。本展では、青森県・恐山に赴いたフィールドワークの観察結果とともに、関西から関東へと生活の拠点を移し、およそ二年の月日を共に過ごした「レモンの木」を中核となるモチーフに据え、作家のよりパーソナルな体験を原資とする新作群を発表します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="font-weight: 400;">セラミックで制作された無数のレモンが、展示空間に配置されています。中心には、ブロンズ製の鉢に入ったレモンの木が置かれているのが見えます。作家にとってレモンは、日々を共に暮らし、やがて枯れてしまったという具体的な喪失体験を起点に、梶井基次郎の『檸檬』に描かれる感情の揺れや、果実を口にしたときの酸味が呼び起こす身体的な感覚など、いくつもの層を重ね持つモチーフです。ときに垂直に積まれ、ときに無造作な山を形成してみえる床置きのレモンは、賽の河原の説話とともに、恐山で見られる水子供養のための石を積む行為を連想させます。斉藤は、信仰を繰り返される行為の集積として捉え、人が生み出す行為の構造そのものに聖性が宿るのではないかと考えています。木に水をやり、実がなって食べ、また次の実がなる － そうした日常の循環は、反復されたジェスチュアによって立ち上がる信仰のかたちと重ねて捉えられます。その感覚は、同じレモンの石膏型から何度も同じかたちを生み出していく制作プロセスとも響き合い、そこには彼女にとって重要な観点のひとつである「身体性」というキーワードもまた重なってみえます。</p>
<p style="font-weight: 400;">自身の身体のパーツをモチーフに制作を始めたのは、屋久島での大樹林の観察がきっかけでした。樹木と自身の身体の「間」（はざま）への着想を得た屋久島から、水をやり、さらにその実から養われ、共に生きたレモンの木との時間を経て、生の循環の只中にいる自身についての洞察を深めた作家は、本展でも腹部や臀部といった身体のパーツをなぞる数点の陶器を発表します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="font-weight: 400;">本展において斉藤は、より私的な領域とフィールドワークの成果を絡め、初めての試みであるブロンズ、そして石膏型を用いてレモンの陶芸作品を複製する制作に取り組みました。人工と自然の境界を行き来するというコンセプトのもと制作を重ねてきたその実践は、儀式や信仰といった重要な主題を再編しつつ、新たな探究の段階へと歩みを進めています。自然と人間の営みが交わる聖地や、信仰と身体性、人間と非人間の共存をめぐる哲学によって支えられた斉藤七海の取り組みと、その実践の成果にぜひご注目ください。</p>
<p style="font-weight: 400;"></p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="font-weight: 400;"><em>2年前、都内の新居に引っ越すと同時にレモンの苗木を迎え入れ、約2年間を共に過ごしました。実を食べたり、近所の公園で見つけたてんとう虫のさなぎを羽化させてアブラムシから守ったり、ささやかな時間を重ねていました。しかし昨年、海外や地方への滞在が続くなかでレモンは枯れてしまいました。</em></p>
<p style="font-weight: 400;"><em> </em></p>
<p style="font-weight: 400;"><em>その出来事は思いのほか大きな喪失となり、心身の疲れや悲しい出来事とも重なって、しばらく何も手につかない日々が続きました。</em></p>
<p style="font-weight: 400;"><em> </em></p>
<p style="font-weight: 400;"><em>本展では、この個人的な経験と、青森の恐山でのフィールドワーク、信仰や聖地に関するリサーチを交差させながら、「死をどのように弔うのか」「信仰や聖地とは何か」を改めて考えています。</em></p>
<p style="font-weight: 400;"><em> </em></p>
<p style="font-weight: 400;"><em>レモンの型を取り、粘土で少しずつレモンを作り続ける工程は、かつて毎日水やりをしていた時間をなぞるようでもありました。レモンはこの展覧会のシンボルであると同時に、私にとって具体的な存在でもあります。</em></p>
<p style="font-weight: 400;"><em> </em></p>
<p style="font-weight: 400;"><em>レモンの酸味がもたらす、さっぱりとした後味のような身体感覚もまた、本作をかたちづくる要素のひとつです。</em></p>
<p style="font-weight: 400;"><em> </em></p>
<p style="font-weight: 400;"><em>すべての嫌なことと、グッバイ！</em></p>
<p style="font-weight: 400;"></p>]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>tree of life</title>
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		<pubDate>Wed, 04 Feb 2026 04:24:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ykg]]></dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[精巧に手縫いされた布のオブジェを起点に、自身の身体性を中心的なモチーフに据え、写真、映像、アートプロジェクトなど多領域わたる作品制作を続ける片山真理（1987年埼玉県に生まれ、群馬県に育つ。現在は群馬県を拠点に活動）。片 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p style="font-weight: 400;">精巧に手縫いされた布のオブジェを起点に、自身の身体性を中心的なモチーフに据え、写真、映像、アートプロジェクトなど多領域わたる作品制作を続ける片山真理（1987年埼玉県に生まれ、群馬県に育つ。現在は群馬県を拠点に活動）。片山の作品は自伝的でありながら普遍的な共感を呼び起こし、社会が個人に課す「役割」や「かたち」が、私とあなたの境界線、そして“正しさ”をどのように形づくるのかを問いかけます。2025年には、英国のヴィクトリア＆アルバート博物館のためのコミッションワーク（V&amp;A Parasol Foundation Women in Photography projectの支援による）を実現。Yutaka Kikutake Galleryの六本木新スペース開設後のこけら落としとなる本展は、「tree of life」と題されたV&amp;A博物館の新収蔵作品を含む片山の新作群を日本で初めて発表する機会となります。</p>
<p style="font-weight: 400;"></p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="font-weight: 400;">本作「tree of life」は、片山が構築した鏡張りの空間で、彼女自身が被写体となった、十点に及ぶ写真作品です。手縫いのオブジェに囲まれ、鏡面に反射する彼女の輪郭は曖昧さが際立ち、それが鏡像であるのか、実像であるのかもはっきりしません。天と地、現実と虚像、内と外、自己と他者　－　鏡の生み出す反射が、全ての輪郭を曖昧にし、まるで増殖するイメージの生成が無限に繰り返されていくようです。キャリアの初期の頃より片山が抱き続けるデジタルイメージの可塑性や、複製性、終わりのない更新性への意識を深く反映する本作は、彼女がたびたび語る「所有されない身体」への接続の希求とも繋がっています。複数の四肢を持つ自身最大のオブジェ　―　全長20メートルにおよぶ　－　と共に行われたポートレート撮影は、全て片山自身の手によってシャッターが切られ、そこでは「撮る/撮られる」という関係性に根差した権力構造の様相もまた意識されています。片山が彼女自身の身体を「公共性」と共に語るのは、それが常に他者の視線や制度、社会的文脈によって方向づけられる存在であるからにほかならず、それは彼女の作品が担う「公共性」とも無関係ではありません。撮影され、客体化された自身の姿は、自分自身からさえも切り離され、社会的・身体的・感情的な現実が交差する場となって立ち現れます。無限の鏡の反射の中に浮かび上がる彼女の身体は、自己と他者の境界を問い、また同時に、循環・更新する所有者のいない身体として、その公共性を引き受けています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="font-weight: 400;">一方、現在でも中判のフィルムカメラを使用し、多重露光もPhotoshopも使わずに、一度のシャッターで時間をキャプチャするという片山の手法は、針と糸で縫うことも含め、身体的かつ物理的な領域に深く根ざしているとも言え、本作「tree of life」で構築された鏡の空間での実践は、デジタルイメージが有する虚構性に対する距離感の取り扱いと共に、それらを身体と空間のレベルで現実化する試みでもあります。</p>
<p style="font-weight: 400;"></p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="font-weight: 400;">「私」の身体は、一体誰のものなのか　－　増殖する鏡の反射によってものごとの曖昧な境界線を示しつつ、役割やレッテル、様々なラベルを背負いながら今ここを生きることへと投じられた片山の眼差しは、そのまま画面に正対する鑑賞者それぞれにも向けられています。彼女の姿は、社会や世界、私とあなたの関係性、様々な顔や役割を持つ「私」と世界との連なりを深く問い続けています。しかし、無限の反射の中で歪み、攪乱された彼女の姿はまた、変容の象徴でもあります。画面に現れる像は、木の根っこや、枝になり、流れる川は血管にも似て、そして、それらは全て力強い生命力に満ち溢れているのです。</p>
<p style="font-weight: 400;">５年におよぶ構想の末に完成した片山真理の新作「tree of life」の試みをぜひご高覧ください。</p>
<p style="font-weight: 400;"></p>
<p style="font-weight: 400;"></p>]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>霧露</title>
		<link>https://www.yutakakikutakegallery.com/ja/exhibitions/muro/</link>
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		<pubDate>Sat, 13 Dec 2025 09:36:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ykg]]></dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[外はいつの間にか暖色に変わっていた 空気は冷たい イチョウの木を下から見上げると黄色と青色の点描に見えた 風が吹いて落ちる葉っぱと光と踊っている人 外にあった世界が反転して内側になった話 窮屈そうだった骨壷 人形町の勝手 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p style="font-weight: 400;"><em>外はいつの間にか暖色に変わっていた</em></p>
<p style="font-weight: 400;"><em>空気は冷たい</em></p>
<p style="font-weight: 400;"><em>イチョウの木を下から見上げると黄色と青色の点描に見えた</em></p>
<p style="font-weight: 400;"><em>風が吹いて落ちる葉っぱと光と踊っている人</em></p>
<p style="font-weight: 400;"><em>外にあった世界が反転して内側になった話</em></p>
<p style="font-weight: 400;"><em>窮屈そうだった骨壷</em></p>
<p style="font-weight: 400;"><em>人形町の勝手植栽</em></p>
<p style="font-weight: 400;"><em>もらった２つの柿と買ったロウヤ柿</em></p>
<p style="font-weight: 400;"><em>見えないものと見えるものを集めて</em></p>
<p style="font-weight: 400;"><em>いつもの妄想に混ぜ込んで岩絵具にのせるのが好きです</em></p>
<p style="font-weight: 400;"></p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="font-weight: 400;">Yutaka Kikutake Gallery Kyobashiでは、2026年1月13日(火)－ 2月21日(土)まで、森夕香の個展を開催いたします。1991年滋賀県出身、現在京都を拠点に活動を展開する森は、日本画の顔料と支持体を基盤に、人と植物という二つの大きな主題を描いています。幼少期の環境によって培われた、自然や植物に対する彼女の感受性は、身体表現の実践経験からも来る身体性への高い関心を経て、人と人、人と植物、あるいは植物同士が融合する連続体のイメージとして結実しています。本展に際し森は、より日常的に採集された素材を元に、人と植物の連続体、そして網の目のような有機的かつ混沌とした植物の形態を主題とした「Mesh」シリーズを中心とする、8点前後の新作群に取り組みました。</p>
<p style="font-weight: 400;"></p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="font-weight: 400;">人と自然の境界に対する森の考察は、有機的、かつ臓器的とも描写されうる流体のモチーフとして画面上に可視化されてきました。本展のために制作された作品群は、これまでの彼女の取り組みの延長線上に位置しながら、季節の移り変わり、ふと目に留まった街中の植物、風景、あるいは会話などといった、より作家の日常に根差した視点に端を発しています。描かれるものである「図」と、描かれなかったことで背景として想像される「地」の相互関係、あるいは崩された秩序が「地」を「図」に変え、また「図」が「地」にもなるような流動性の探究は、彼女の描く世界観の特徴的な点のひとつです。画面を覆う植物の有機的な形態が顕著な「Mesh」シリーズは、そうした彼女の試みを雄弁に物語るものと言えるでしょう。また森は、以前より窓を介した建物の内と外の循環を描くという試みにも取り組んで来ました。本展では、知人と交わした会話が契機となり、身体の内と外が反転する実感を得たという彼女は、新たな有機的フォルムの探究を推し進めています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="font-weight: 400;"></p>
<p style="font-weight: 400;">これまで単体で表現されることの多かった、人と植物の融合する連続体のイメージは、個から群像へ、モチーフから風景へ、木から森へと変容を遂げつつあります。採光の少ない京橋スペースの特徴を活かし、内省的な展示を構成したという作家の言葉通り、その室内に含まれる鑑賞者もまた内と外の境界、および循環、さらには反転といった視点についての考察を促されることでしょう。身体と環境が内包しあい、両者が流動的に変容し続けるさまを描く森の想像の断片と、その新たな試みの記録をぜひご高覧ください。</p>]]></content:encoded>
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		<title>Take me to the river</title>
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		<pubDate>Thu, 11 Dec 2025 09:13:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ykg]]></dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[Yutaka Kikutake Gallery Roppongiでは、2026年1月13日(火)－ 2月21日(土)まで、画家楊博（ヤン・ボー）の個展を開催いたします。1991年中国湖北省に生まれた楊は、2001年家族と [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>Yutaka Kikutake Gallery Roppongiでは、2026年1月13日(火)－ 2月21日(土)まで、画家楊博（ヤン・ボー）の個展を開催いたします。1991年中国湖北省に生まれた楊は、2001年家族とともに宮城県へと移住し、現在東京都を拠点に活動しています。これまで一貫して映画や音楽を代表するポップ・カルチャーとその受容に関わる距離感をテーマに作品を制作してきた彼の絵画は、道端や川べり、室内などの日常的な光景に、60年代、70年代のポップ・スター達の歌詞を構成した画面を特徴とし、作家の個人的な原体験を基軸に、群集心理や消費社会に対する高度な批評性を獲得しています。本展では、初期の頃から取り上げてきたモチーフである「川」、そして近年の対象である「飛行機」、および作家の日常生活に深く溶け込む「植物」を中心に描かれた、およそ10点前後に及ぶ新作群を発表いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>飛行機の連作５点の画面には、「川」にまつわる歌の歌詞が共に描かれています。楊の生まれ故郷である湖北省を流れる長江の支流、以前彼が住んでいた神奈川県相模原地域の境川、現在の居住地の近くを流れる神田川　―彼の作品に度々描かれて来た川は、隔たりを喚起し、あるいは円環の示唆を含み、またあるいは、記号的なものとは対になる、曖昧さに満ちた対象　―　楊のアイデンティティにも影響を与えた、芳醇な意味合いを持つ存在です。近年リミナル・スペースとしての空港、および出国という概念を持つ飛行機に、距離感という自身のテーマとの親和性を見出した楊は、川という彼にとっての回帰的なモチーフを重ね、表現の深度を模索しています。補色関係をベースとして描かれた本連作は、色相環で最も遠く離れた色同士を使用し、必要であればその明度を調整することによって、グレイを帯びた曖昧な領域を維持しようとする作家の試みを示唆しています。また、色相環に次いで色立体というシステムを用いて成される色の選択には、色彩が喚起する象徴性を極力排除しようとする態度が明らかにされています。飛行機はどこを飛んでいるのでしょうか？ Riverを想起する歌詞と、画面中央に描かれた飛行機との関係性は、見る者の想像に任されています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>普段から植物に囲まれて生活しているという楊は、本展に際し、ふと視野を捉えた日常の光景をモチーフに、2枚のキャンバスを仕上げています。葉っぱと枝の線によって形作られた空間が、黒く塗りつぶされ、そこには「believe」という文字が浮かんでいます。また、ほぼ同じ構図で、より明るい色相で描かれた二枚目には、「totally believe」という文字が見えます。どこか別の空間へと通ずるラビット・ホールのような洞穴　― そこに浮かぶ「信じる」という言葉は、我々の生きるポスト・トゥルースの時代に、一体どういった意味を持つのでしょうか。記号性や象徴性、声高な主張や陰謀論めいた安易な希望が次々と消費される世界へと投げかけられた批評的な視点は、画面が醸し出す不穏さと共鳴しています。楊はまた、ウィリアム・ブレイクの色相表現や、象徴主義の画家アーノルド・ベックリンの構図からの影響にも言及しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>本展のタイトル「Take me to the river」は、恋に溺れる歌い手の心情に、洗礼や浄化といった様々な連想が読み取れる、アル・グリーンの歌詞から引用されました。我々が辿り着く川では、浄化が促されるのか、それともより深く溺れていくのか　― それは天のみぞ知るのかも知れません。楊の絵画表現は、ポップでありながら、アイデンティティ、歴史、現代社会への批評性を含む、重層的な構造が特徴的です。その中でも画家の実践を貫いてきた「距離感」というキーワードは、彼の作品全てに通ずる主軸であることが、本展でもお分かりいただけることでしょう。問い続けることで制作を重ねて来たという楊の実践は、混迷を極める現代を生きる我々自身にも深く問いかけ、共鳴を呼び起こす力に満ちています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><em>ウォータールー橋からの夕陽を眺めていればパラダイスにいられると、ザ・キンクスはかなり前くらいに歌いました。</em><em> </em><em>マップのアプリを開いて、左右の親指二本を使って現在地を思いっきり小さくして、オーストラリアが見えるくらいのサイズになったら左にスクロールし、おおよそヨーロッパのあたりを、さっきと逆の両親指の動きで拡大すると、ロンドンの文字がすぐ表示されるようになります。</em><em> </em><em>それに狙いを定めてもっと大きくしていくと、あの有名なビッグベンが、記号っぽいイラストで、テムズ川の横に表示されるようになります。その時、ちょうど画面の右上で見切れそうになっているのがウォータールー橋なので、少し中央に寄せてから、手頃なところで長押しをしてみると、やがて僕もそのパラダイスを見ることができました。</em></p>
<p><em>この時のザ・キンクスと僕の関係は、色立体上のオーロラピンクとテールベルトの関係と一緒なのかもしれません。例えばそこに、アル・グリーンやトーキング・ヘッズとかが現れても、それぞれの色の座標にいたままで、距離の組み合わせが別のスリリングなフィールドを作るので、そこでは足の裏が地面に押されているのに気づく予感がします。</em></p>
<p style="text-align: right;">- 楊博</p>]]></content:encoded>
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		<title>Between Dimensions</title>
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		<pubDate>Sat, 04 Oct 2025 07:11:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ykg]]></dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[Yutaka Kikutake Gallery Roppongiでは、11月1日より12月13日まで、三瓶玲奈（1992年愛知県生まれ、現在関東・中部地方を拠点に活動）による個展を開催いたします。知覚とイメージの問題を、 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>Yutaka Kikutake Gallery Roppongiでは、11月1日より12月13日まで、三瓶玲奈（1992年愛知県生まれ、現在関東・中部地方を拠点に活動）による個展を開催いたします。知覚とイメージの問題を、線や色、光といった要素を通じて探究してきた三瓶は、本展において「抽象」という新たな視座をめぐる実践を展開します。Between Dimensionsというタイトルには、三次元空間から絵画領域である二次元への移行、さらにはその過程において明らかとなる現象の本質や差異を、抽象という形式を介して構造化することへの作家の問題意識が現れています。新作を中心とする本展の作品群は、重力、光、そして距離感といった新たな主題を軸に描かれました。また、本展における三瓶の取り組みは、二十世紀初頭のバウハウスをはじめとする前衛的表現を起点とし、様々な発展を経て現代へと至る「抽象絵画」について、歴史的観点を含む地平から自身の絵画を問い直す試みでもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2022年から現在まで三瓶が取り組む「瓦解の構成」（2022年‐）シリーズは、自身のアトリエで被った地震の体験から、画布の中の描かれたイメージと現実空間とのずれを最初に認識し、構成するきっかけとなった作品です。キュビスム的な視点を均衡しつつ、形と色の造形的な関係性を軸に、下に落ちる、あるいは上に上がるという「重力」を感覚することを意図した本作は、具体的なモチーフに拠らず、現象から要素を抽出し再構成するという、本展を通じた三瓶の試みを端的に物語っています。画面を九分割し、単純なストロークで表現された矩形が並べられた「反転と均衡」（2025年）は、色と構成を用いて重力を知覚する実践です。三瓶はまた、制作において繰り返し同じ主題を取り扱い、取り組みを重ねています。たとえばそれは、「線」あるいは「光」の課題－　「線の像を結ぶ」（2019年‐）や、「光の距離」（2017年‐）に見られるように、風景に浮かぶ不可視の線の考察、あるいは遠近感や、光によって変化する色彩の構造的解釈への関心は、三瓶の絵画制作における主要なテーマであり続けています。本展に際し、抽象を考察するという新たな表現軸を抱いたことで、自身が選ぶ絵具の色、あるいは用いる絵筆にも、これまでにはない変化が見られたと三瓶は言います。身の周りの事象や、手の平サイズの実験的な構造体の観察をベースとする、極めて現象学的な絵画制作を重ねて来た三瓶は、画面上に展開する現象の解釈と再構成を、抽象という形式を介したより純度の高い造形言語へと変換し、昇華しようとしています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="font-weight: 400;">三次元空間が平面になるとき、そこでは何が起こっているのか　―　キャリアの初期の頃より抱き続けているという作家の問題意識は、次元間を翻訳するという観点を得て、よりシャープに研ぎ澄まされた新作群の実践として結実しました。同時に本展では、「抽象絵画」とは何か、という歴史的視点を含む大きな問いにも、彼女なりの応答を試みています。デジタル技術の発展が著しい現代社会で絵画に向き合い続けることはまた、筆の運びや、ストロークの強弱など、表現のフィジカルな側面にも少なからぬ変化をもたらしました。新たな視覚の可能性を探究した、様々な取り組みの成果がここに開示されます。新境地へと踏み出した三瓶の思考の軌跡と、その絵画実践の結晶をぜひご高覧ください。</p>
<p style="font-weight: 400;"></p>]]></content:encoded>
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		<title>Traces</title>
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		<pubDate>Fri, 12 Sep 2025 04:05:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ykg]]></dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[Yutaka Kikutake Gallery Kyobashiでは、9月20日（土）から 12月10日（水）まで、オーガスティン・パレデス、小林エリカ、ミヤギフトシによるグループ展を開催します。 ディアスポラ（※故郷を [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p style="font-weight: 400;">Yutaka Kikutake Gallery Kyobashiでは、9月20日（土）から 12月10日（水）まで、オーガスティン・パレデス、小林エリカ、ミヤギフトシによるグループ展を開催します。</p>
<p style="font-weight: 400;">ディアスポラ（※故郷を離れ異文化に暮らす移民やその集団）に生きるフィリピン人としてポストコロニアル的アイデンティティを問い直すオーガスティン・パレデス。目に見えないもの、語られて来なかった歴史や個人の記憶・感情を、多様な媒体を通じて表現する小林エリカ。セクシュアルマイノリティとしての自身のアイデンティティとの対話を軸に、歴史の影で見過ごされてきたささやかな感情や想いを掬い取るミヤギフトシ。戦争や紛争、植民地支配の歴史、そして社会的・政治的な抑圧によって生じた分断や隔たりに、二項対立的な枠組みを超克する視点から向き合う三人の作家による展示です。</p>
<p style="font-weight: 400;"></p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="font-weight: 400;">オーガスティン・パレデスは、1994年、ミンダナオ生まれ。現在はドバイとフランクフルトを拠点に、写真、絵画、インスタレーション、詩といった形式を横断しながら、ディアスポラ的な視座を問う美術的実践を展開しています。パレデスの作品にはしばしばフィリピンの伝統的素材が登場します。本展では、15世紀スペイン人によって持ち込まれたパイナップルの葉の繊維から作られる織物、ピニャ生地を支持体とする「Devotions」（2025年）、またフィリピンで調達された生地やトリミングを重ねて構成された平面作品「In an embrace」（2025年）が展示されます。作家にとって不可欠なピニャ生地は、先住民の伝統とスペイン植民地時代の記憶の重なる両義的な素材であり、「暴力から生まれるテンダネス」を象徴していると言います。「Thank you, Sorry」（2023年）は、故郷を離れ、常に権力や支配に対する抵抗に囚われた移民の存在を、父に背いて太陽に近づいた末に墜落したイカロスの姿に重ね、その過程に浮かぶ後悔と謝罪を示唆するシリーズからの1点です。</p>
<p style="font-weight: 400;"></p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="font-weight: 400;">小林エリカは、入念なリサーチを通じ、語られて来なかった記憶や感情を掬い取り、絵画から執筆に至る様々な媒体を駆使した表現を展開してきました。東日本大震災以前から現在まで小林が続けている核や放射能の歴史をテーマにした作品制作の中のひとつ、「ドル」（2024年）は、ウランの採掘、マリー・キュリーによる放射線の発見、そしてアメリカでの人類史上初の核実験まで、核にまつわる半世紀の歴史を連想させる作品です。ボヘミアの都市で鋳造された銀貨「ヨアヒムスタラー」に由来すると言われるドルと、その地で発見されたウラニナイト鉱石を結び、紫外線の下で蛍光緑色に輝く放射性物質の怪しい美しさに、理屈抜きで惹かれる人類の性を重ねています。また、1936年ナチス政権下のベルリンオリンピックのトーチリレーのルート、1940年の東京オリンピック聖火リレーコースが計画されていたルート、そして1945年ナチス・ドイツ政権においてヨアヒムスタールから日本へと運ばれようとしたウランのルートを表す3点の平面作品が同時に展示されます。</p>
<p style="font-weight: 400;"></p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="font-weight: 400;">ミヤギフトシもまた、歴史の片隅で置き去りにされて来たささやかな感情の揺らぎを、写真、映像、テキスト、インスタレーションといった様々な手法で表現してきた作家です。本展では、あらゆる文学、映画、音楽を参照・引用しながら発展し、現在も進行中のミヤギのライフワーク「American　Boyfriend」プロジェクトに着想した二点が展示されます。二つの作品の題名でもある「Banner（旗）」は、しばしば作家が取り上げるモチーフです。ランプシェードにかかる布には、ヴェートーベンのピアノ・ソナタ第三十一番「嘆きの歌」に記された作曲家の演奏指示が、そして壁にかけられた布には、沖縄民謡「西武門節」を参照した歌詞がミヤギ本人による翻訳とともに刺繍で綴られています。「歴史を辿り、埋もれた小さな声に耳を澄まさなければならない」と語るミヤギの作品は、今なお続く沖縄の社会的・政治的抑圧に抗うささやかな希望もまた提示しているようです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="font-weight: 400;"></p>
<p style="font-weight: 400;">移民、マイノリティ、語られて来なかった感情や記憶　－　本展に登場する三人の作品は、歴史の片隅で社会的に疎外され、周縁化されて来たパーソナルな視点を豊かな詩情とともに掬い上げています。それぞれの感性が紡ぐ物語には、断絶からの回復と再構築への願いもまた浮かび上がるようです。矛盾と混迷を極める現代において、困難な問いに挑む三者の取り組みをぜひご高覧ください。なお、オーガスティン・パレデスの作品展示は、日本国内初となります。</p>
<p style="font-weight: 400;"></p>
<p style="font-weight: 400;"></p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="font-weight: 400;">オーガスティン・パレデス</p>
<p style="font-weight: 400;">1994年ミンダナオ生まれ。現在はドバイとフランクフルトを拠点に活動。ディアスポラ的な視座を軸に、写真、絵画、詩、インスタレーションといった多様な形式を通じ、フィリピン人のポストコロニアル的アイデンティティを問い続けている。植民地化の歴史やその暴力をあばく一方、フィリピンの伝統や制度、文化への認識と批判的態度を継承し、自身や名もなき個人の感情や脆弱性を通じた表現を展開。共同体が共有する経験をより広い層が読み解くことを可能にする。フィリピンにルーツを持つアーティストのためのプラットフォーム「Sa Tahanan Collective」の共同創設者としても活動中。</p>
<p style="font-weight: 400;"></p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="font-weight: 400;">小林エリカ</p>
<p style="font-weight: 400;">1978年東京都生まれ。現在は東京を拠点に活動。目に見えないもの、時間や歴史、家族や記憶、場所の痕跡から着想を得た作品を手掛ける。小説、コミック、ドローイング、写真、映像、インスタレーションなど、様々な手法を用いた表現活動を展開するほか、近年は、東日本大震災以前からリサーチを続ける、核や放射能の歴史をテーマにした作品制作にも取り組む。戦時中の語られて来なかった女性達の声を、入念なリサーチの末書き記した文芸作品『女の子たち風船爆弾をつくる』（文藝春秋社、2024年）は、第78回毎日出版文化賞(文学・芸術部門)を受賞するなど、執筆活動においても高い評価を受けている。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p style="font-weight: 400;"></p>
<p style="font-weight: 400;">ミヤギフトシ</p>
<p style="font-weight: 400;">1981年沖縄県生まれ。現在は東京を拠点に活動。セクシュアルマイノリティとしての自身のアイデンティティとの対話を軸に、歴史の中で見過ごされてきたささやかな感情や想いを、写真、映像、オブジェ、テキスト、印刷物、インスタレーションなどの多様な手法で展開。ブログや郵便物といったパーソナルな発信から映像作品およびインスタレーションにまで及ぶ発展を遂げた《American Boyfriend》プロジェクトは、ミヤギのライフワークの一つとなっている。Utrechtをはじめとするアートブックショップの運営に携わるほか、アーティストコレクティブXYZ collectiveのco-directorも務めるなど、多彩な顔を持つ。</p>
<p style="font-weight: 400;"></p>]]></content:encoded>
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		<title>水切り</title>
		<link>https://www.yutakakikutakegallery.com/ja/exhibitions/2509_an_so/</link>
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		<pubDate>Tue, 02 Sep 2025 07:11:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ykg]]></dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[Yutaka Kikutake Gallery Roppongiでは、9月13日（土）から 10月18日（土）まで、新里明士と小左誠一郎による二人展を開催します。穿たれた穴と繊細な光の効果が特徴的な「光器」シリーズで高い [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>Yutaka Kikutake Gallery Roppongiでは、9月13日（土）から 10月18日（土）まで、新里明士と小左誠一郎による二人展を開催します。穿たれた穴と繊細な光の効果が特徴的な「光器」シリーズで高い評価を得る新里と、シンプルな色面構成によって近年ますます表現の深度を広げる小左誠一郎。陶磁と絵画という異なる領域を横断し、「色」という共通のテーマを巡る新作の制作を通じて、互いに影響を与え合う共振的な空間展示に挑みます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>磁器と光の関係性を追求してきた新里は、工芸とより自由な形態の探求との間を行き来しつつ、その実践に深みを与えてきました。焼成過程に不可避のやぶれや傷をあえて取り込む試みや、天井から作品を吊るす展示形式の導入、あるいは「光器」シリーズにおける非常に繊細な穿孔作業など、洗練さと不完全さの均衡を模索するその審美的態度は、新里の作品に独特な魅力を付与しています。本展において、作家は釉薬や素材の調整によって創出した色を基礎にコンポジションを形成する新しい試みに挑みます。また本展に際し、新里と小左との間でもたれた会話の中で、二十世紀に活躍したイタリアの画家モランディについての言及も見られました。陶磁というメディウムを用いて「静物画」を構想するという新里の新境地となる本作は、伝統的な陶磁の世界を原点としながら、現代的で型に囚われない表現の可能性を志向するという二つの視座によってもたらされています。また、本展のために制作された数点の新作が同時に展示されます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一方、画家の小左も同じく色面による抽象表現を追求してきた作家です。展示されるのは「殺風景」と題され、それぞれ朝・昼・夜と副題のある三点の絵画です。作家は分割したキャンバスの面をマスキングテープで囲み、枠内に絵具を塗るという定型化された行為の積み重ねによって絵画を制作しています。何度も貼って剥がすことを繰り返し粘着の弱くなったテープのゆるみが、絵具の恣意的な滲みやはみ出しをもたらし、画面の幾何学的構成に微細な動きを与えています。小左も同じくモランディの描く作品に絵画的な親近感を抱いてきたといいます。規則性を基盤とした画家の実践において、そのキャンバス上に立ち現れる恣意性と偶然性の連帯は、モランディの静物的世界に対する敬意とも無関係ではありません。朝、昼、夜といった時間帯に基づく光の表現はまた、新里が「光器」シリーズで追求して来たテーマでもあります。新里のコンポジションと、一日の時間を色面で表現する小左の三つの作品は、色と光というキーワードで響き合い、呼応しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>本展において初めてのコラボレーションを企む新里明士と小左誠一郎。陶磁と絵画という一見して異なる二つの領域の交差は、互いの思わぬ共通項と考察に光を当てます。異質なメディウムの上に展開する色と光の構成は、静謐な躍動感を帯びながら展示空間に響き合うかのようです。新たな試みを重ね、表現の深度へと挑み続ける二人の作家の競演に、ぜひご注目ください。</p>]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>https://www.yutakakikutakegallery.com/ja/exhibitions/2509_an_so/feed/</wfw:commentRss>
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		</item>
		<item>
		<title>もっとパッションを</title>
		<link>https://www.yutakakikutakegallery.com/ja/exhibitions/20250802-2/</link>
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		<pubDate>Tue, 15 Jul 2025 06:54:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[ykg]]></dc:creator>
		
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		<description><![CDATA[8年？ いや、10年。 2015年にYKG Gallery として緩やかにスタートしたギャラリーのプロジェクト。2017年に名称をYutaka Kikutake Galleryに改めてから8年、2025年までの10年間、 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>8年？ いや、10年。 2015年にYKG Gallery として緩やかにスタートしたギャラリーのプロジェクト。2017年に名称をYutaka Kikutake Galleryに改めてから8年、2025年までの10年間、様々な偶然に導かれ、出会いに恵まれて、まだまだ短い軌跡ではありますが素晴らしいプログラムを築き上げてくることができました。アーティストの皆さま、そして、ギャラリーを応援してくださる皆さま、心よりお礼申し上げます。</p>
<p>　10周年を記念して、六本木・京橋の２つのギャラリースペースにて、夏のひとときグループ展「もっとパッションを」を開催するとともに、アーティストとともに作り上げたZINE『10年』を刊行いたします。みんなで持ち寄った”10年”は、作品のことはもちろん、哲学や科学、あるいは日々の暮らしに触れる充実したものとなり、雑誌『疾駆/chic』を通じて芸術と私たちの日常を接続しようと試みていたことが、ここで表れたようでもあります。</p>
<p>　一方、この10年の間、いえ、もっと以前から、多様な魅力を放つアーティストや作品の傍らにいる人間として、「パッションが足りないのではないか？」とある種の逡巡を繰り返してきた実感も確かにあります。数々のためらいやパッションの不充分感と伴走し続けた結果、ようやく最近になって「もっとパッションを」と言えるようになった、そう感じています。</p>
<p>　芸術は、人間にとって本性を懸けられるものであり、その在り様は誰にとっても普遍のものであるー以前から変わらないこの想いに対してパッションを燃やし続け、実行力をもって活動を続けていきたいと思います。そして、普遍性とは、いつも変わらぬ何かのことではなく、常に新鮮さをもって人に驚きと活力をもたらしてくれるエネルギーの謂であるーそう信じています。Yutaka Kikutake Galleryとして10年の歴史を積み重ねた、ではなく、10年毎日新鮮な日々を生きたことの証としてZINEを上梓し、展覧会を開催したいと思います。</p>
<p>　８月２日（土）の夕刻からは六本木のスペースにて10周年夏祭りを開催いたします。皆さまどうぞお気軽にお立ち寄りいただけますと幸いです。</p>
<p><span class="Apple-converted-space"> </span></p>
<p>■<b>疾駆ZINE vol.2 『10年』刊行のご案内</b><b></b></p>
<p>発行：Yutaka Kikutake Gallery Books　刊行日：2025年8月2日　価格：1,500円 (税別)</p>
<p>執筆：楊博、平川紀道、国谷隆志、松﨑友哉、三瓶玲奈、毛利悠子、飯田竜太、新里明士、小左誠一郎、鈴木ヒラク、田幡浩一、小林エリカ、菊竹寛</p>
<p>表紙：奈良美智　アートディレクション：田中義久　デザイン：西倉美朔</p>
<p>購入は<a href="https://chic-ykg.stores.jp/">こちら</a></p>
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<p>■<b>グループ展「もっとパッションを」参加作家</b><b></b></p>
<p>磯谷博史、小左誠一郎、小林エリカ、斉藤七海、白簱花呼、杉浦邦恵、鈴木ヒラク、田幡浩一、新里明士、Nerhol、平川紀道、三瓶玲奈、ミヤギフトシ、毛利悠子、森夕香、トレヴァー・ヤン、楊博</p>]]></content:encoded>
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