毛利悠子、トレヴァー・ヤン、松﨑友哉、ミヤギフトシ

スカルプチャーに宿る精神性をテーマにした展覧会

Upcoming
六本木
2026年8月1日(土) - 10月10日(土)
12:00 - 19:00 日・月・祝日休廊 *夏季休廊 8月9日-17日

六本木のスペースでは、スカルプチャーに宿る精神性をテーマにした展覧会を開催します。

出展作品を簡単にご紹介します。この限りでは決してありませんので、是非会場にてご覧いただき、出展作家のことを知っていただきながら、様々なことを考え、感じていただければ幸いです。


ミヤギフトシの「Banner (from Klagender Gesang)」は、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ三十一番最終楽章「嘆きの歌」に着想を得た作品。ランプシェードには、ベートーヴェンが譜面に残した ”疲れ果てて嘆きながら“  ”徐々に生を取り戻して“ という指示がアーティストの手によって刺繍されています。クィアアーティストとして、歴史や国籍、セクシュアリティなどの障壁(アーティストは作品において自身の出身地である沖縄の米軍基地に張り巡らされたフェンスをそのメタファーに用いることもしばしばあります)を越えた交流を希求する作品を様々な手法(映像、写真、オブジェ、小説など)を通じて制作するミヤギフトシ。本作は、決して声高ではないながらも大切な価値を訴える声が少しずつ枝葉を伸ばしてゆく、その先行きを照らす灯火のようでもあります。


毛利悠子の代表作の一つである「Decomposition」は、果物にささった電極が果物内の抵抗値を測り、その値を音や光へと変換するという構造の作品です。枝から切り取られ眼の前に置かれた果物は、一見するともはや命は宿さず朽ちていくだけのもののように見えますが、実は内部ではまだ生きた細胞が互いに干渉し合いながら、人の感覚では捉えられない現象を生み出しています。本インスタレーションを通じては、果物の生命のその成れの果てまでを、明滅する光、そして、音の響きを通じて感じることができるのです。このように毛利悠子はその作品を通じて、世界に確かに潜在する複雑性の断片を視覚や聴覚、ときに触覚を通じて伝えてくれるようなインスタレーション作品を制作してきました。朽ちること、失われることがなお、何かを生み出す装置としてある「Decomposition」―光と音の日々の移ろいを是非ゆっくり鑑賞いただければと思います。


トレヴァー・ヤンは、アクアリウム、観葉植物、苔といった人間によって管理、維持される生態系をモチーフにしながら、そこに存在する繊細な依存関係や共生の在り方を可視化するような作品を作ってきました。作品を通して提起されるのは、個人対個人や限定的な集団による関係性ではなく、多様な主体が緩やかに結びついたり離れたりしながら形作られる流動的で多中心的なネットワークの姿です。展示作品のひとつ「Night Mushroom Colon (Toilet in Tokyo)」は、夜の闇に安心感をもたらすナイトライトとキノコの増殖性がモチーフです。不慣れな環境で過ごす夜、あるいは、連帯を解かれ1人きりの孤独に直面したとき、人間とは無関係に増殖していくキノコの生命感やライトの明かりは、どのような心理をもたらし、どのような記憶を生み出すでしょう?

本作では、そうした “Night Mushroom” が、魚がかつてそこにいた痕跡を感じる空の水槽に据え置かれています。人間をどこかよそに置いた価値観の循環も本作の魅力の一つです。


松﨑友哉は、自ら造形した支持体(アクリルレジン)に描いた抽象画に、ファウンド・オブジェをその前面に並べて作品を完成させるというユニークな手法の絵画作品を制作します。描かれているものは、風景のようでも、大昔の地図のようでも、あるいは、天体のようでもありますが、皆さんはどのように感じるでしょうか? また、絵画の前に並べられているのは、アーティストが拠点にするロンドンのストリートやテムズ川の底、イギリスの海岸線などで拾い集められた多種多様な造形物(自然と人工の区別すら付かないくらい古いものや、特定できるような工業製品まで)です。

その作品のタイトルは多くの場合、固有の場所の名や事象が付けられていて、その意味を知ると作品の姿はいよいよ謎めいてきます。松﨑友哉は、人間が意味づけられていない世界、人間の理解が及ばない何か、に関心があるとも言います。光や気配に満ちた絵画と時代を越えたオブジェによって生み出される回路は、思考や感覚を様々なところへと連れていってくれるようです。

Decomposition, 2026
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