楊博

Take me to the river

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六本木
2026年1月13日(火) - 2月21日(土)
12:00 - 19:00 日・月・祝日休廊 

Yutaka Kikutake Gallery Roppongiでは、2026年1月13日(火)- 2月21日(土)まで、画家楊博(ヤン・ボー)の個展を開催いたします。1991年中国湖北省に生まれた楊は、2001年家族とともに宮城県へと移住し、現在東京都を拠点に活動しています。これまで一貫して映画や音楽を代表するポップ・カルチャーとその受容に関わる距離感をテーマに作品を制作してきた彼の絵画は、道端や川べり、室内などの日常的な光景に、60年代、70年代のポップ・スター達の歌詞を構成した画面を特徴とし、作家の個人的な原体験を基軸に、群集心理や消費社会に対する高度な批評性を獲得しています。本展では、初期の頃から取り上げてきたモチーフである「川」、そして近年の対象である「飛行機」、および作家の日常生活に深く溶け込む「植物」を中心に描かれた、およそ10点前後に及ぶ新作群を発表いたします。

 

飛行機の連作5点の画面には、「川」にまつわる歌の歌詞が共に描かれています。楊の生まれ故郷である湖北省を流れる長江の支流、以前彼が住んでいた神奈川県相模原地域の境川、現在の居住地の近くを流れる神田川 ―彼の作品に度々描かれて来た川は、隔たりを喚起し、あるいは円環の示唆を含み、またあるいは、記号的なものとは対になる、曖昧さに満ちた対象 ― 楊のアイデンティティにも影響を与えた、芳醇な意味合いを持つ存在です。近年リミナル・スペースとしての空港、および出国という概念を持つ飛行機に、距離感という自身のテーマとの親和性を見出した楊は、川という彼にとっての回帰的なモチーフを重ね、表現の深度を模索しています。補色関係をベースとして描かれた本連作は、色相環で最も遠く離れた色同士を使用し、必要であればその明度を調整することによって、グレイを帯びた曖昧な領域を維持しようとする作家の試みを示唆しています。また、色相環に次いで色立体というシステムを用いて成される色の選択には、色彩が喚起する象徴性を極力排除しようとする態度が明らかにされています。飛行機はどこを飛んでいるのでしょうか? Riverを想起する歌詞と、画面中央に描かれた飛行機との関係性は、見る者の想像に任されています。

 

普段から植物に囲まれて生活しているという楊は、本展に際し、ふと視野を捉えた日常の光景をモチーフに、2枚のキャンバスを仕上げています。葉っぱと枝の線によって形作られた空間が、黒く塗りつぶされ、そこには「believe」という文字が浮かんでいます。また、ほぼ同じ構図で、より明るい色相で描かれた二枚目には、「totally believe」という文字が見えます。どこか別の空間へと通ずるラビット・ホールのような洞穴 ― そこに浮かぶ「信じる」という言葉は、我々の生きるポスト・トゥルースの時代に、一体どういった意味を持つのでしょうか。記号性や象徴性、声高な主張や陰謀論めいた安易な希望が次々と消費される世界へと投げかけられた批評的な視点は、画面が醸し出す不穏さと共鳴しています。楊はまた、ウィリアム・ブレイクの色相表現や、象徴主義の画家アーノルド・ベックリンの構図からの影響にも言及しています。

 

本展のタイトル「Take me to the river」は、恋に溺れる歌い手の心情に、洗礼や浄化といった様々な連想が読み取れる、アル・グリーンの歌詞から引用されました。我々が辿り着く川では、浄化が促されるのか、それともより深く溺れていくのか ― それは天のみぞ知るのかも知れません。楊の絵画表現は、ポップでありながら、アイデンティティ、歴史、現代社会への批評性を含む、重層的な構造が特徴的です。その中でも画家の実践を貫いてきた「距離感」というキーワードは、彼の作品全てに通ずる主軸であることが、本展でもお分かりいただけることでしょう。問い続けることで制作を重ねて来たという楊の実践は、混迷を極める現代を生きる我々自身にも深く問いかけ、共鳴を呼び起こす力に満ちています。

 

 

 

ウォータールー橋からの夕陽を眺めていればパラダイスにいられると、ザ・キンクスはかなり前くらいに歌いました。マップのアプリを開いて、左右の親指二本を使って現在地を思いっきり小さくして、オーストラリアが見えるくらいのサイズになったら左にスクロールし、おおよそヨーロッパのあたりを、さっきと逆の両親指の動きで拡大すると、ロンドンの文字がすぐ表示されるようになります。それに狙いを定めてもっと大きくしていくと、あの有名なビッグベンが、記号っぽいイラストで、テムズ川の横に表示されるようになります。その時、ちょうど画面の右上で見切れそうになっているのがウォータールー橋なので、少し中央に寄せてから、手頃なところで長押しをしてみると、やがて僕もそのパラダイスを見ることができました。

この時のザ・キンクスと僕の関係は、色立体上のオーロラピンクとテールベルトの関係と一緒なのかもしれません。例えばそこに、アル・グリーンやトーキング・ヘッズとかが現れても、それぞれの色の座標にいたままで、距離の組み合わせが別のスリリングなフィールドを作るので、そこでは足の裏が地面に押されているのに気づく予感がします。

- 楊博