オーガスティン・パレデス、小林エリカ、ミヤギフトシ

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京橋
2025年9月20日(土) – 12月10日(水)
11:00 - 19:00 日・月・祝日休廊 * Art Week Tokyo 期間中は、11月5日(水)〜 9日(日)の10:00〜18:00で特別営業いたします

Yutaka Kikutake Gallery Kyobashiでは、9月20日(土)から 12月10日(水)まで、オーガスティン・パレデス、小林エリカ、ミヤギフトシによるグループ展を開催します。

ディアスポラ(※故郷を離れ異文化に暮らす移民やその集団)に生きるフィリピン人としてポストコロニアル的アイデンティティを問い直すオーガスティン・パレデス。目に見えないもの、語られて来なかった歴史や個人の記憶・感情を、多様な媒体を通じて表現する小林エリカ。セクシュアルマイノリティとしての自身のアイデンティティとの対話を軸に、歴史の影で見過ごされてきたささやかな感情や想いを掬い取るミヤギフトシ。戦争や紛争、植民地支配の歴史、そして社会的・政治的な抑圧によって生じた分断や隔たりに、二項対立的な枠組みを超克する視点から向き合う三人の作家による展示です。

 

オーガスティン・パレデスは、1994年、ミンダナオ生まれ。現在はドバイとフランクフルトを拠点に、写真、絵画、インスタレーション、詩といった形式を横断しながら、ディアスポラ的な視座を問う美術的実践を展開しています。パレデスの作品にはしばしばフィリピンの伝統的素材が登場します。本展では、15世紀スペイン人によって持ち込まれたパイナップルの葉の繊維から作られる織物、ピニャ生地を支持体とする「Devotions」(2025年)、またフィリピンで調達された生地やトリミングを重ねて構成された平面作品「In an embrace」(2025年)が展示されます。作家にとって不可欠なピニャ生地は、先住民の伝統とスペイン植民地時代の記憶の重なる両義的な素材であり、「暴力から生まれるテンダネス」を象徴していると言います。「Thank you, Sorry」(2023年)は、故郷を離れ、常に権力や支配に対する抵抗に囚われた移民の存在を、父に背いて太陽に近づいた末に墜落したイカロスの姿に重ね、その過程に浮かぶ後悔と謝罪を示唆するシリーズからの1点です。

 

小林エリカは、入念なリサーチを通じ、語られて来なかった記憶や感情を掬い取り、絵画から執筆に至る様々な媒体を駆使した表現を展開してきました。東日本大震災以前から現在まで小林が続けている核や放射能の歴史をテーマにした作品制作の中のひとつ、「ドル」(2024年)は、ウランの採掘、マリー・キュリーによる放射線の発見、そしてアメリカでの人類史上初の核実験まで、核にまつわる半世紀の歴史を連想させる作品です。ボヘミアの都市で鋳造された銀貨「ヨアヒムスタラー」に由来すると言われるドルと、その地で発見されたウラニナイト鉱石を結び、紫外線の下で蛍光緑色に輝く放射性物質の怪しい美しさに、理屈抜きで惹かれる人類の性を重ねています。また、1936年ナチス政権下のベルリンオリンピックのトーチリレーのルート、1940年の東京オリンピック聖火リレーコースが計画されていたルート、そして1945年ナチス・ドイツ政権においてヨアヒムスタールから日本へと運ばれようとしたウランのルートを表す3点の平面作品が同時に展示されます。

 

ミヤギフトシもまた、歴史の片隅で置き去りにされて来たささやかな感情の揺らぎを、写真、映像、テキスト、インスタレーションといった様々な手法で表現してきた作家です。本展では、あらゆる文学、映画、音楽を参照・引用しながら発展し、現在も進行中のミヤギのライフワーク「American Boyfriend」プロジェクトに着想した二点が展示されます。二つの作品の題名でもある「Banner(旗)」は、しばしば作家が取り上げるモチーフです。ランプシェードにかかる布には、ヴェートーベンのピアノ・ソナタ第三十一番「嘆きの歌」に記された作曲家の演奏指示が、そして壁にかけられた布には、沖縄民謡「西武門節」を参照した歌詞がミヤギ本人による翻訳とともに刺繍で綴られています。「歴史を辿り、埋もれた小さな声に耳を澄まさなければならない」と語るミヤギの作品は、今なお続く沖縄の社会的・政治的抑圧に抗うささやかな希望もまた提示しているようです。

 

移民、マイノリティ、語られて来なかった感情や記憶 - 本展に登場する三人の作品は、歴史の片隅で社会的に疎外され、周縁化されて来たパーソナルな視点を豊かな詩情とともに掬い上げています。それぞれの感性が紡ぐ物語には、断絶からの回復と再構築への願いもまた浮かび上がるようです。矛盾と混迷を極める現代において、困難な問いに挑む三者の取り組みをぜひご高覧ください。なお、オーガスティン・パレデスの作品展示は、日本国内初となります。

 

オーガスティン・パレデス

1994年ミンダナオ生まれ。現在はドバイとフランクフルトを拠点に活動。ディアスポラ的な視座を軸に、写真、絵画、詩、インスタレーションといった多様な形式を通じ、フィリピン人のポストコロニアル的アイデンティティを問い続けている。植民地化の歴史やその暴力をあばく一方、フィリピンの伝統や制度、文化への認識と批判的態度を継承し、自身や名もなき個人の感情や脆弱性を通じた表現を展開。共同体が共有する経験をより広い層が読み解くことを可能にする。フィリピンにルーツを持つアーティストのためのプラットフォーム「Sa Tahanan Collective」の共同創設者としても活動中。

 

小林エリカ

1978年東京都生まれ。現在は東京を拠点に活動。目に見えないもの、時間や歴史、家族や記憶、場所の痕跡から着想を得た作品を手掛ける。小説、コミック、ドローイング、写真、映像、インスタレーションなど、様々な手法を用いた表現活動を展開するほか、近年は、東日本大震災以前からリサーチを続ける、核や放射能の歴史をテーマにした作品制作にも取り組む。戦時中の語られて来なかった女性達の声を、入念なリサーチの末書き記した文芸作品『女の子たち風船爆弾をつくる』(文藝春秋社、2024年)は、第78回毎日出版文化賞(文学・芸術部門)を受賞するなど、執筆活動においても高い評価を受けている。

 

ミヤギフトシ

1981年沖縄県生まれ。現在は東京を拠点に活動。セクシュアルマイノリティとしての自身のアイデンティティとの対話を軸に、歴史の中で見過ごされてきたささやかな感情や想いを、写真、映像、オブジェ、テキスト、印刷物、インスタレーションなどの多様な手法で展開。ブログや郵便物といったパーソナルな発信から映像作品およびインスタレーションにまで及ぶ発展を遂げた《American Boyfriend》プロジェクトは、ミヤギのライフワークの一つとなっている。Utrechtをはじめとするアートブックショップの運営に携わるほか、アーティストコレクティブXYZ collectiveのco-directorも務めるなど、多彩な顔を持つ。