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京橋
2025年6月6日(金)- 7月12日(土)
11:00 - 19:00 日・月・祝 定休
「芸術と人生の境界線は、できるだけ流動的で、おそらく不明瞭に保つべき。」
- アラン・カプロー
Yutaka Kikutake Gallery Kyobashiでは、6月6日(金)から 7月12日(土)まで、蓮沼執太、楊博、および小林七生の参加によるグループ展を開催します。枠組みに囚われない実践を続ける音楽家、蓮沼執太。ポップ・カルチャーとその受容を巡る距離感をテーマに制作を続けて来た画家、楊博(ヤン・ボー)。「HEAR HERE」と題された本展では、音楽の「制度」や「境界」を抽象化することに取り組む蓮沼の映像、写真、およびインスタレーションを中心に、音というモチーフ、あるいは曖昧な領域というキーワードを軸に制作された楊の新作絵画が展示されます。会期中には、蓮沼執太と FATHER 名義で音楽家としても活動する造形作家、 小林七生と1日限りのパフォーマンスを開催します。
音楽家、アーティストとして活動する蓮沼執太(1983年生まれ、東京在住)は、2010年に15名で結成された「蓮沼執太フィル」での活動をはじめ、視覚芸術分野における作品制作および展示を通じ、音楽という制度に揺さぶりをかける多彩な実践を展開してきました。音楽的メディアを解体し、再構築するシリーズ「Re-model」(2016年)、蓮沼が日常的に取り組むフィールド・レコーディングによって採取した環境音と位置情報から、Googleでイメージ検索し選んだ画像を添付し、複数名に宛てメールで送信するプロジェクト「Change」(2013年〜)が展示されます。また、日本およびケニアと、撮影場所が副題に続く2013年の「World in our hand」は、取るに足らない日常の場面を撮影し編集したおよそ10分程度の映像作品です。連続する短いカット中に、撮影者(蓮沼)が指でサークルを作る様子が映し出されます。サークルの中に対象物がいる間は音楽が流れ、外れると消えること、環境音が再び戻って来ることに鑑賞者は気がつくでしょう。丸を作ったり、外したりする撮影者の指の動きは、まさに音楽の内と外を形成する架空の「境界」を想起させ、ユーモラスな視点を伴いながら、「音楽とは何か」という蓮沼の実践をつらぬく問いかけをも浮かび上がらせます。
1991年中国湖北省に生まれ、2001年に家族とともに日本に移住した楊博もまた蓮沼とは違った角度から音楽というテーマを取り扱う画家です。ボブ・ディランやイギー・ポップといった60年代、70年代のミュージシャン、彼らが歌う歌詞から引用された言葉が、道端や川べり、あるいは室内などの日常的な風景と共に描かれる独特の構成が、楊の絵画的な特徴です。本展では、飛び立つ前の飛行機から見える飛行場の眺めを描いた作品を中心に、ほか数点の新作が展示されます。どこにも属さない中間的な空間である空港を舞台に、画面奥には別の機体も待機しているのが不明瞭な形で見えます。緑と赤といった色相環の距離が離れた二色をしばしば用いる楊の絵画では、二つの補色関係が混じった時に生まれる濁ったグレーが頻出し、その曖昧な領域が醸し出す不穏さがここでも強調されています。飛ぶか、飛ばないか分からない、雷鳴轟く悪天候の空港を描いた本作は、空に浮かぶKISSと稲妻の走る文字が、画面から漂う静けさと沈黙を逆説的に際立たせるようです。
「HEAR HERE」(今ここを聞く)という本展タイトルは、蓮沼が引用した「ハプニング」の創始者であり実践者、アラン・カプロー -その瞬間、場所でしか起こり得ない出来事を作品とする -の言葉と響き合っています。「不明瞭な『あいだ』という空間を作ることを試みている」という音楽家の取り組みは、曖昧さの領域を往来する楊の絵画構成と共鳴し合い、まさに今ここにしかない展示空間を構築します。「刺繍」をベースに、時空間の圧縮を連想させるような造形制作に挑む小林七生の参加もまた本展の強度を支持することでしょう。三者の実践が響き合うまたとない試みにぜひご注目ください。
蓮沼執太 "WORLD IN OUR HAND -JAPAN", 2013
Video, 9:31min, color, sound